今、生きるために

 伝蔵が職員室へ戻ると、学園長が呼んでいると言われた。きり丸が来たら待つよう伝えてくれと頼み、学園長の庵へと急いだ。
 庵には、野村もいた。
「今学期もご苦労であった。2人を呼んだのはほかでもない、半助のことじゃ」
 伝蔵はともかく野村を呼んだということは、学園長も2人の関係を知っているということなのだろう。
「新野先生から、この1〜2日がヤマじゃときいておる。実は、半助の、身内のことなのじゃが」
「・・・・・・半助に家族はいないと聞いておりましたが」
 伝蔵が言うのに、野村も「私も」と言う。
「うむ。おまえたちは知っておろう? 半助が豪族の生まれで、屋敷を落とされて一家離散したという話は」
 本人からではなく、半助の前の職場の関係者から、伝わってきた話だった。
 当然、学園長は身上調査をしているのだろうから、学園長が言うということは、それが真実なのだろう。
「父親と兄を亡くし、母親と妹は母親の実家へ帰った。半助は勉強のために身を寄せていた寺と縁のあった修験道者について山に入った。色々あってうちへ来たわけだが」
 学園長は茶を一口飲んでから、続きを語った。
「実は三月ほど前、母君の具合が悪いという話がわしのところへ届いたんじゃ」
「え?」
「学園長のところに?」
 2人が驚くのに、学園長は深く頷く。
「母君は再婚されて、跡継ぎを生んでいる。瀬戸内の西の方の城じゃ。情勢を知る一情報として入ってきた」
 どうやら、母親は相当いい筋の生まれらしい。子連れで再婚を望まれるなり、人質として行かされるなりするのだから。
「半助には、伝えた。会いに行くなら休暇をやると言ったのだが、行かぬと」
 状況を考えれば、会いに行けぬだろう、確かに。
「一月前、母君が亡くなったという話が届いた。それも伝えた」
 伝蔵は、野村と顔を見合わせる。どうやら、胃に穴を開けた要因は一年は組の破天荒のせいだけではなかったらしい。
「同時に、妹君が同盟関係にある格上の城へ養女に出る話があった。会いに言ったらどうかと言ったが、半助はやはり首を縦には振らなんだ」
 明るくこだわりのない性格にみせているが、その実、頑固なところもあると、2人は良く知っていた。
「更に話が届いての。妹君が養女に出された先から、嫁に出るという。その嫁き先が、タソガレドキ城であるという」
「ええ!?」
「なんと!?」
 タソガレドキ城といえば、黄昏陣兵衛を城主とし、戦と交渉双方で着実に領土を広げている城。
 雑渡昆奈門を頭に置いた忍び組は有能だ。
 基本、中立で戦を鎮める方へ動く忍術学園とは、時に敵同士となることもある。
「母親が生きておるうちは出せなかったのじゃろう。亡くなるなり、駒として出されたのじゃ。嫁とはいうが、早い話人質じゃ」
 格の合う城で娘がいない時や、危険すぎて実子を出したくない時などに、相手が不満に思わない程度の娘を養女にして出す。
 この場合、後者なのだろう。
「とはいえ、戦をせずに仲を保つ手段じゃ。半助に伝えるには伝えたが、今度はわしも、行けとは言わなんだ」
「妹さんは、いくつくらいで・・・・・・?」
 野村が問う。
「まだ十七じゃそうじゃ。おそらく、本人は半助のことを覚えておるまいな。なのにこの娘、タソガレドキに嫁に出る条件として、生き別れた兄を見つけ出してくれと言い出しおったんじゃ」
「ええ!?」
「なんと!?」
 伝蔵と野村は、またも顔を見合わせた。
「その知らせが夕べ届いてな。半助との繋がりを知るものはわしだけじゃ。今、おまえたちに話したが、知らせてくる者にも何も話してはおらん」
「・・・・・・ここまで、たどりつく可能性は?」
 伝蔵が訊くと、学園長はにらむように言う。
「たどり着くにしても、時間はかかろう。半助は幾度も名を変えておる。わしが過去を調べさせた時も、相当苦労した」
 土井半助という名も、はるか昔、野村がつけた名が元であるという。
 名を名乗らぬ小僧に、井戸端で半ば死にかけているのを助けたから、戸井半助、と。後に、自分で土井に替えたという。
「妹君は養女に出た屋敷で断食してがんばっておるそうじゃ。そこでじゃ、雄三。妹君の真意を探ってくれんかの。そして、兄を追うことをやめるようしむけてくれ」
「はっ」
 忍術学園に兄がいるとわかっても、いいことなど何もない。糸を手繰り寄せられる前に、やめさせなくてはなるまい。
「伝蔵。利吉を貸してくれんか。たとえたどってもここまでたどりつけぬようにする忍務をまかせたい」
「はっ。それは構いませんが、わしは?」
「おまえさんは家に帰れ。利吉が帰れんのじゃからおまえさんが帰らなにゃいかんだろう。今年の雪は多いと聞く。二人とも帰らなかったら、雪解けの後が怖い」
 伝蔵の妻が、仕事で幾季節も帰らぬ夫と息子にぶち切れて忍術学園に乗り込んできて、優秀な実技教師の伝蔵と互角にわたりあって手裏剣を投げ飛ばしまくり火縄銃を撃ちまくって行ったことがある。
「おまえさんは有名すぎる。逆にたどる道筋をつけかねん。ここは若い利吉が適任じゃ。ある程度は話を伝えても良い。口は堅かろう」
 学園長の言うとおりである。伝蔵は、承知するしかなかった。

「せんせえ・・・・・・」
 半助の枕元で、きり丸は小さく呼びかけた。
 半助の反応は、ない。
 青白い顔色で、浅い呼吸を繰り返している。時々息をつまらせて、苦しげに身じろぎする。冷たい汗をにじませながら。
「きり丸、どうする? 小松田君のところで泊り込みのバイトに入ってもいいそうだが」
 きり丸は、じっと半助の顔を見下ろしながら黙っていた。
「見守りたいなら、残っても良いぞ。この界隈のバイトをここから通ってすればいい」
 山田の話に、今度はゆっくりとうなずいた。
「オレ、残ります」
 山田も深くうなずく。
「そうか。・・・・・・みなには、内緒にしておこう。せっかくの冬休みだ」
 きり丸は目尻に涙を浮かべながら、こっくりとうなずいた。

創作TOP次へうたかたのときTOP落第忍者乱太郎ファンサイトTOP