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半助は、体の苦しさとは無縁のところにいた。
時間軸も場所もなんの障害にもならぬ。
意識を広げたときのようであったり、過去を振り返っていたり、今のどこかへいたり。
状況をわかっているようでいて、わかっていなかった。
心配する人々のことも、涙をこぼすきり丸のことも、認識してもどうと思うこともなかった。
忍術学園を出て行く野村。利吉に繋ぎをつけようとしている山田。
ウソの笑顔で乱太郎としんべエを送り出すきり丸。
香を調合する新野。裏山で凍った地面を掘り薬草の根を探す伊作。手紙をしたためている学園長。
火傷で爛れた顔を向け腫れた唇を動かす父。懐剣の柄を握る母。小さな小さな手足をバタつかせて泣く赤子。
抵抗できないほど痛めつけられた半助を死体と一緒に埋めた敵の忍者。数日後に忍務先で斬り殺されたのが見えた。
半助が殺した男の遺体にすがりつく女の姿も見えた。
なんの感慨もなかった。
ただ多くを、見知った。
唯一、気になったこと。
日が昇ろうが沈もうがただ一点をみつめ座り続ける、若い娘。
あれは、いったい誰なのだろう・・・?
利吉は学園長と対面後、半助の昔の職場を目指して出立した。
土井半助という名が偽名であることは、想像がついていた。
土井半助の名は、10年ほど前に出会った野村がつけた名が元であるという。
そして、野村は別れるときにその本姓を聞いたという。福原兵衛介時昌(ふくはらへえすけときまさ)、と。
恩を売ったので偽名ではなく本当の本姓であろう、と。
学園長の調査によれば、半助は瀬戸内の福原という土地の豪族の子であったという。
屋敷を落とされた時は9歳。寺におり、難を逃れたが、父と跡取りの兄が死に、母と妹は里へ帰り、半助は寺の筋から修験道者に預けられたという。
たまたま家に帰っていて現場に居合わせ、敵に矢を射かけて傷を負わせたという説もあるらしい。
寺を出たとき、半助は既にその名を捨てている。
修験道者たちの中に「へいすけ」と呼ばれる子が3年ほどいたという。
その子は、身体能力はもちろん、その頭脳も感性も卓越していて、修験道者たちの中に不協和音を作り出すまでになった。
大人たちがその子の行く末を案じて揉め始めたところで、その子はあっさりと山を下りてしまったという。
その後、近場の城の下働きとして「平助(へいすけ)」が登場する。下働きから人手の足らぬ戦場に出され、更に忍者隊に引き入れられた。
そこで頭角を顕し、14歳で瀬戸孝之助(せとこうのすけ)の名を与えられたという。
野村と会ったのは、その頃のことらしい。
忍術学園であれば、まだ5年生の歳だ。
そのままいけば忍者のエリートコースをいったであろうに、瀬戸孝之助は1年後、その城を去る。
原因は、やはり年齢と実力の齟齬にあったらしい。一部にその実力を認められても、若いというだけでそれを認めない輩は大勢いる。
結局、内部を保つために外に出されることになった。少し小さいが友好関係にある城にきちんと紹介されて、転職している。
が、その城には、わずか1年しかいない。
城が落ちたのだ。
その城には、優秀な参謀がいた。
その参謀が、有能とお墨付きの孝之助を片腕に引っ張り上げ、周辺の城との友好関係を崩して領土拡大に走ったのだ。
この時の孝之助には、直属の部下のような男がついていたという。
学園長がいうには、そのくっついていた男の方が前の城での瀬戸孝之助で、その城の瀬戸孝之助は別人であるという。
城に入る時に、入れ替わったのであろう、と。
その男は、前の城で初めは平助の先輩で指導係であり、後に孝之助の部下となった小沼伊蔵。
瀬戸孝之助について、一緒に城をうつっている。
優秀な参謀と共に城を崩壊へと導いた瀬戸孝之助は、落城の際に城主や参謀と共に首をとられ晒された。
わずか16歳で重要人物として晒し首にされたことで、その名は更に有名になった。
利吉も、その名は知っていた。
利吉がフリーの忍者として一人前に仕事が取れるようになったのは最近のこと。
16の頃には、ほんの駆け出しで子供の遣いのような簡単な仕事を他の忍者の下請けでこなすのがせいぜいだった。
特定の城に遣える気はなかったものの、その伝説的な実力の噂には敵愾心が沸き、自分を鍛えるバネになったものだ。
領土拡大策もほとんど成功していて、噂によれば近くの城にやはり優秀な忍びがおり、その者が情報を操作し蟻の一穴を開けたということだった。
その天唾の術(てんだのじゅつ)が成功していなかったら、歴史は変わっていたかも知れない。
天下統一を成し遂げていたかもしれないその城で、瀬戸孝之助は死んだ。
しかし、小沼伊蔵は小物であったため、その消息はそこで完全に途切れている。
学園の調査では、たまたま野村が半助とかつて出会っており、しかも本姓を名乗り、それを野村が覚えていたからその過去にたどり着くことができたのである。
そうでなければ、利吉同様に16歳から他の忍者の手伝いや下請けをこなしながら地道に一人前になっていった、フリーの忍者土井半助の過去には、たどり着くことはできない。
豪族の子で家長を殺され只人となった者など、いくらでもいる。本人がしゃべらない限り、特定することなど不可能だ。
学園でも、その事実を正確に知るのは学園長と伝蔵と野村のみ。そして、関係者でも利吉しか知らない。その誰もが、話を漏らすことはありえない。
よって、土井半助の過去をたどって福原兵衛介時昌にたどりつくことはありえない。
しかし、今回は過去から現在を探られることになる。
しかも、相手はあのタソガレドキ城に繋がっている。半助の妹の養父には探す手立てもなく、その調査はタソガレドキ忍者が行うことになるという。
利吉は、忍術学園を出てすぐに変装している。山田利吉が瀬戸孝之助を探っているとばれては元も子もない。
相手はタソガレドキ忍者だ。用心に用心を重ねねばなるまい。