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腕の、衝撃。
さして、重くもなかった。
骨を切ったわけではない。継ぎ目を狙ったのだから。
飛んだ首と。噴き出す血しぶきと。
視界にはあったが、自分が見ていたのは、周囲にいた人々。
その中の、一番の頭。
部下におだてられ踊らされ破滅に向かおうとしている、城主。
自分が、自分の立場を捨てなければ、この事態はなかっただろう。
とはいえ、しょせん部下にあしらわれる程度の城主だ。
この戦乱の世を、巧みに渡ることなどできるはずもない。
彼が倒されるのは、必然。
けれど、せめて、あの幼い姫だけでも。
刀を手に腰を浮かす男達を見ながら思う。
あの姫だけでも、救ってあげたい、と。
あの、小さかった妹と同じ歳の、あの姫だけでも・・・。
ふと、半助は目覚めた。
寒い。
天井が見える。
あの城の天井ではない。
寺でもない。
奴の部下として与えられた部屋でもない。
くもの巣も埃もない、清められた空気の部屋。
ここはどこだろう・・・?
「土井先生」
若い男の声がした。
視線をやれば、十代半ばくらいの、人の良い表情を浮かべた少年がいる。
見覚えがある。目立つ色の忍者服。同僚、ではない。ああ、生徒だ。
保健委員長の善法寺伊作だ。
半助は、今の自分を思い出した。
ここは、何度か世話になったことのある医務室だ。
けれど、何故今自分が医務室に寝ているのかまでは思い出せない。
半助は、目を閉じた。
長く開けていられない。苦しい。ひどく失血した後の感じに似ている。けれど、傷を負ったような痛みはない。体の芯が冷えていく感じがする。
「少し薬湯飲めますか? 薄めですから効果はあまり期待できませんけど、水分も少しはとらないと」
半助は薄く目を開ける。問いたいところだが、とてもじゃないがまともに口をきけるとは思えない。
伊作は目を開けたのを了解ととり、湯呑みに何かをそそぐ。熱い薬臭いにおいがした。
助けられながら身を起こす。ひどく体が重い。それでいて、妙にだるく軽い感じもする。ぬくもった布団から離れた体が寒さを訴える。
口元に運ばれる湯呑みから香るのは、飲み慣れた胃薬に似ていた。
ああ、胃か。
半助はなんとか腕をあげて、自ら湯呑みに手を添えて中身を少し含む。冷めた薬湯とお湯を割ったようで、体温よりやや温かい程度だった。
少しずつ、ほんの2,3口飲むのにも時間をかける。伊作は、せかすことなくつきあってくれた。
無理に多くを飲めということもなく、そっと湯呑みをとりあげると、半助の体を布団に戻す。
「きり丸も心配してますよ。今はバイトに行ってますけど」
掛け布団をなおしながら、伊作が告げる。
きり丸。帰る家のない生徒。
そうだ、冬休みになるのに。
伊作は帰らずに残ったのか? 大量の血を吐いたのは冬休みの前日。
死ななかったのか。
そう思いながら、あれからどれくらい時間が経ったのだろうかと考える。
静かだ。騒がしい生徒達の気配はない。明るい。これは、少なくとも、冬休み初日の日中の様子ではない。
「先生。先生は3度、血を吐かれました。外で一度。野村先生と紋次郎と小平太が意識のない先生を連れて戻りました」
つらそうなのに目を閉じようとしない半助に、伊作が状況を説明してくれる。
そう、野村の前で吐いて、倒れたのだ。
「戻ってから、ここでもかなり吐きました。その時は意識が少し戻りましたが、またすぐ落ちてしまって」
そう、そこまでは覚えている。
「明け方、意識ないままもう一度吐いたそうですが、たいした量でもなく。終業式は昨日です。先生は、1日半眠り続けていました」
色々夢を見ていた気がする。しかし、噂にきく花畑や三途の川は見なかったと思う。
死ぬかと思ったのだが、思ったよりたいしたことなかったのだろうか。
暖気を感じる。横たわる半助と伊作の双方に近い場所に火鉢があり、湯が沸かされているのが見えた。
なのに、贅沢に重ねられた布団の内にいるのに、何故寒いのだろう。
そういえば、寒さで目覚めたのだった。
湯を体に入れたというのに、体の芯が凍えていくのは何故だろう。半助は耐えかねて目を閉じ、体を横にして身を縮める。
「先生・・・・・・?」
伊作が触れてくる。皮膚の表面にわずかながら温もり与えてくれたが、その内側へは到底届かない。
「・・・・・・新野先生を呼んで来ます」
ああ、新野先生も帰っていないのか。
せっかくの休みなのに。正月に向け家族が集まるだろう人々の休暇を奪ってしまったのか。
半助は、骨が凍ったかのような寒さに耐えながら、不甲斐ない自分を責める。
死なないのならば、早く回復しなくてはならないのに。
学園内で流行り始めていた今年の風邪は、高熱に苦しむと聞いていた。きっと、弱った体がそれを拾ってしまったのだろう。
布団をきつく身に寄せる半助の眼裏に、高貴な衣装に身を包む若い女の姿が見えた。
一瞬、寒さを忘れた。
眠っていた間に見た、一人座す女の姿。
あれは・・・・・・。
何故か、半助は確信した。
あれは、みお、だ。